新規事業・販路開拓委員会

現在の事業以外に新たな視点で新規事業を興すことを目的としています。起業を検討されている方、第二創業も含め新規事業を興すために必要な心構え・事業計画の立て方・営業戦略・資金調達などを学んでいきます。国内マーケットに留まらず、海外への販路を委員会内で意見を出し合い、販売促進につながる手法や事例を研究し、新たな販路を開拓していきます。
そこで委員会では、斬新なアイデアや素晴らしい企業の取材を行い、会員の皆様に気付きを得て頂くために取材内容を発信しています。
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  • 日本ポリグル株式会社 代表取締役会長 小田兼利様
      掲載日:2017/11/06

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    取材日)

    2017年11月6日

    取材先)

    日本ポリグル株式会社 http://www.poly-glu.com/

    代表取締役会長 小田兼利様

    船場経済倶楽部)

    田中理事長、赤松、中井

     

    ポリグルタミン酸を活用した水浄化事業はバングラディッシュからスタート。

    事業の基本は、現地の人を活用すること。

    理由は、

    人件費:日本人活用100万円、現地人活用15,000円

    設備費:日本活用 3000万円、現地活用200万

    と現地活用が極端にコストがかからないから。これは資本力のない弊社だから生み出せた。

    また、途上国の中でも底辺に近いバングラディッシュの人達が自信を持って周辺の途上国にこの事業を提案できるようになったので、日本人だからできる→誰でもできる、という認識に変わり、以下のように急速に各国に広がった。

    バングラディッシュ → タンザニア → エチオピア → カイロ

    ↓          ↓

    ソマリア      ケニア

    現地の人達は、日本人のように、時間や約束を守る、嘘をつかないなどの基本的なことができない人が殆ど。しかし、1週間もきっちり指導するとできるようになる。

    また、イスラム圏では結婚後、女性は家で家事のみし、閉じこもっている文化であったが、ポリグルを販売するポリグルレディーになったことで外に出ることになり、生き生きと働き、また仕事が楽しいので自分で工夫をするようになった。

     

    この事業を通じて、「情を武器に世界を平和に!」が実現できるように思えた。

    なにわ商法=丁稚奉公→のれん分け

    情があるからこそ、人を信用するからこそ、出来る商売スタイル。

    このなにわ商法は海外でも十分通用する。

    大事なことは心がどう通じ合うか。

    一例)現地法人社長は、日本ポリグルがもうかっていないと知ると商品を高く買うと言ってくれる。そんな関係が出来上がっている。

    そして、この商売スタイルは関わっている人たちを生き生きさせる。

    この商法を広げ、全世界の人に日本人を愛してもらえるようにしたい。

    失敗しても責めない。それが人を育てるコツ。

    オーナー系企業は次の世代に向けてチャレンジをするが、サラリーマン企業はことなかれ主義になっている。

    また、完璧を求めない。日本も昔はそうだった。完璧でないから皆工夫をする。

    例)チューブから水が漏れていれば先進国はすぐに漏れはダメ。チューブを取り換えろと言う。しかし現地の人達は自分たちのできることとして、チューブをテープや布でふさぐ。少しぐらい漏れてもそれでいい。その工夫の積み重ねが成長につながる。

     

    大阪万博のテーマは医療・健康だが、途上国が喜ぶのは最新の医療ではない。

    彼らの必要なことは、1.水 2.食 3.住である。

    万博では途上国の人向けに基本的なジャンルにおいて、どのように彼らの生活を良くするのか。

    大阪の技術をPRすべきだと考える。

     

    Q.水浄化の水源は?

    A.表面水(池や川)。井戸はコストがかかる。

    問題がひとつある。表面水はトイレの汚水になっている場合が多く、その水を綺麗にしてもイメージ的に嫌がる。海外では糞尿を肥料にする文化がない。→農作物の取れ高を多くするためにも糞尿を肥料にすることを指導する運動をしてくべきだと考えている。

     

    Q.特許は各国で取得しているのか?

    A.取得しているが分子量など肝になるところはOPENにしていない。

     

    Q.中国企業が水浄化に進出してきているがバッティングについて

    A.競争になったことが無い。真似できない。

    我々は現地の人を裕福にすることが基本。中国は自分の利益しか見ない。

    現地の人を裕福にすることで継続性が生まれる。ODAなどで支援して中国や日本の技術で一時的に問題が解消されてもそこに継続性が無いと本当の支援にならない。一度綺麗な水を飲んだ人たちは二度と汚い水を飲めなくなる。一過性の支援はいらないと思っている。

     

    Q.次にしたいことは

    A.マンゴーを現地の人は食べない。現地でマンゴリキュールを作り、日本企業に売りたい。現地の人は1日5$で働いてくれる。

     

    本当の幸せとは・・・

    日本の子供は裕福になったがストレス過剰。

    途上国の子供たちは貧しいが目がキラキラしている。どちらが幸せなのだろう?

     

    小田会長が発明したもの

    ・ナンバードアロック

    ・光電管マーク(印刷や裁断をするときに位置決めをするためのも)

    小田会長が企業と共同で開発したもの

    ・スピードガン

    ・自動改札機

     

    最後に、

    海外は好奇心の強い人には面白い。いろいろなところに気が付く。その気付きが商売につながる。是非海外に出て行って欲しい。

    小田会長ありがとうございました。

     
  • 清水惣株式会社 専務取締役 清水大介様
      掲載日:2017/09/26

    清水惣株式会社 清水大介様取材日)

    2017年9月26日

    取材先)

    清水惣株式会社 http://www.shimizuso.co.jp/

    専務取締役 清水大介様

    船場経済倶楽部)

    赤松、嶋津

    今日の取材先、清水惣株式会社は衣料資材、産業資材が主力の会社ですが、創業は1804年(文化元年)、210年を超える超老舗企業です。経済情勢、後継者不足等で廃業を余儀なくされる大阪の会社も多いなか、時代を超えて生き永らえ、新分野にもチャレンジされています。後継者のいない企業をM&Aし、日本経済新聞にも掲載されました。代々受け継がれる力強い本質は何なのかを伺いたく、ご訪問しました。

     

    清水惣の創業の地は近江の国、今の滋賀県でした。彦根藩主・井伊家が麻の織物産業を奨励した際、その商人に指定された一人が創業者清水惣治郎でした。1804年のことです。村人を集めて麻の織物を作って天秤棒で行商し、行商先の地域の品物を買ってきて売る、そういう商売をしていました。清水惣の源流は近江商人だったということです。ちなみに、代々の当主は皆、清水惣治郎という名前を襲名していたそうですが、1951年、清水さんの祖父、7代目のとき、時代に合わせて襲名をやめ、代わりに「惣」の字を残し、「清水惣商店」という屋号を名乗ることとなりました。

     

    清水惣は戦前の早くから海外貿易を始め、1932年には満州・ハルピンに支店を開設しています。日本から輸出する満州の衣料品関係の指定業者8社のうちの1社だったそうです。当時は交通手段も大変な時代で、中国大陸に移動する船も2回に1回は沈みそうになったそうです。また清水さんの祖父も、予約した飛行機の搭乗を軍の都合でキャンセルした直後、その飛行機が墜落したといったエピソードも残っています。

    会社は敗戦とともに海外支店、商圏、売掛金もすべて失うなど大打撃を被りました。その時代の苛酷な状況は代々の「清水惣ノート」の総評として記されているということです。しかし、そのおかげで清水さんは何事にも動じない精神を受け継いでいるようにも思うと述べられています。

     

    戦後、大阪での闇市で物々交換などもしながら、戦前のルーツをたどって、生地といった材料や毛布などの製品を仕入れ、販売していました。

    転機となったのは、1969年の滋賀県栗東に工場を建設したときでした。折しも、洋服が日本人の主流となった時代に、洋服の襟の中などに使われる芯材をコーティングする機械を導入したのでした。生地に芯地を貼り合わせることで立体感が出ます。元々、取り扱っていた麻が芯地に使われていたことと一貫性がありました。この素材は高度成長によって日本人の生活が豊かになっていくのに合わせよく売れ、清水惣も繊維業界における地位を確立していったのでした。

     

    ところが、時代が進み、バブル経済がはじけると、繊維業界もかつての勢いを失ってきました。業界は安い価格で製造できる中国に工場を移すことに活路を求めましたが、やがて却って価格低下を招くという悪循環に陥ったということです。

    当時、後継者として入社したころの清水さんも大いに危機意識を持ち、売り先を増やすこと、売る商品を増やすことに心を砕いたそうです。

    そうしたなか、清水さんは衣料資材を納品する得意先工場が、服、帽子、鞄など繊維にまつわるいろいろな製品を作っていることに気が付きました。ところが、工場はせっかくいいモノづくりをしながら、信用力、営業力に課題があったのです。そこで清水さんは会社を上げて、得意先工場を一斉調査し、どのような商品を作っているかを把握することに努めました。そして大手通販会社に販売するルートを開拓し、工場の製品を仕入れて、通販会社に売るようになったのです。消費者に近い通販と連携することで、最新の情報が得られ、無駄なものを作らなくて済みます。また工場に衣料資材を販売しつつ、他方で仕入もあるので相殺によって売掛を回収できるという効果もありました。また、大手百貨店にも商品を提案できるビジネスにもつながったということです。

     

    また清水惣は、紙おしぼりや「クイックルワイパー」などに使われる不織布にもジャンルを広げました。清水さんはその用途について勉強し、それが太陽光発電に使われていることを知りました。そうしたなか、たまたま紹介を受けた中国のとある素材メーカーの社長と出会い、工場も訪問して、意気投合。これは売れる確信した清水さんは、日本における総代理店として契約しました。ところが、想いに反して、その商品を大手メーカーに提案しても、なかなか成約に至らないことに清水さんは疑問を持ちました。そのメーカーは、今や世界ナンバーワンとなって、太陽光素材フィルムのシェアは65%に達しているそうです。清水惣では今も国内メーカーへの納品は続けていますが、想定したようには広がらなかったことについて、日本メーカーの障壁を感じざるを得ないのが率直な想いだと真情を吐露されます。

     

    さらに、最近では清水さんはインドにも仕入先を広げ、カシミヤのストールや、「ギャッベ」と呼ばれる敷物を輸入し、国内販売にも乗り出しています。楽天やメルカリといったeコマースのルートを積極的活用することで、順調に売り上げを伸ばしつつあるそうです。

    こうしたインターネットモールやSNSを積極的に活用することについても、その伏線がありました。SNSのLINEが、3年ほど前、物販のサイトを設けていて、その海外部門においてヨーロッパからの輸入商品の総責任者に清水惣がなったのです。清水惣はフランス・パリに会社を設立しました。そのビジネスは順調に滑り出したものの、LINEの物販事業全体としてはなかなか上手くいかず、LINEが上場する際、事業が終わることとなりました。

    清水さんは新しいビジネスにはそうした怖さがあるものの、そのときの経験が今のインターネットビジネスに繋がっているといいます。清水さんは「大きな失敗はしない、しかし、考えての失敗は全然OK。何もやらないのが最も良くない」とおっしゃっています。

    そうしたチャレンジが功を奏し、会社の業績はここ3年で増収増益だそうです。

     

    また、清水惣が、後継者のいない別の企業をM&Aしたという話が日経新聞(2017年5月1日)に載っていました。

    清水さん自身も、今、日本で倒産件数より後継者がいなくて廃業件数が多いことが、税収、雇用、地域活性化などの点で国の問題となっていることに大いに関心を持っていました。そうしたなか、M&Aを紹介する、日本M&Aセンターから、ある企業を紹介されました。経営者が70歳代で、娘さん3人が後を継がず、社員も社長になる気はないという繊維関係の会社でした。清水さんは、その経営者や社員の方のお話を聞いて、その人柄や商売の堅実さ、また自社が取り扱っていない分野にビジネスを拡げられる可能性に着目し、M&Aを決断しました。通常だと1年かかる契約を3カ月で成約に至ったといいます。今、社会問題となっている中で、成功的な成約事例として、新聞等のメディアでも注目されているとのことでした。

     

    「老舗企業が200年以上にわたり永続している秘訣は」と尋ねると清水さんは、常に危機感を持っていることだとおっしゃいます。そして、老舗企業は往々にして守りに入ることを指摘します。親や先祖が築きあげた事業、財産を守ることは当然のこととしながらも、そこを大事に「し過ぎないこと」が大事だ、新たなことにチャレンジしなければ道は開けないと、強く述べられています。「会社なんか極論、運が悪かったら、つぶれます。ただ、つぶれても仕方がないと諦めるのも大事やし、でもやっぱり、しがみつくというか、食らいつくのも大事だと思っています。とにかく泥臭くやっていくのがいいのかな。」と語る清水さんの表情に、老舗企業をけん引する経営者としての覚悟を感じました。

     

    本日は本当に貴重なお話をありがとうございました。

     
  • 株式会社森林経済工学研究所 代表取締役 今井克彦様
      掲載日:2017/03/22

    森林経済工学研究所 今井代表

    取材日)

    2017年3月22日

    取材先)

    株式会社森林経済工学研究所 http://shinrin-ken.co.jp/

    代表取締役 今井克彦様

    船場経済倶楽部)

    田中理事長、大野、前川、赤松

     

    今日の取材先は、田中理事長より推薦(大阪国際フォ-ラムの事務局長よりのご紹介)で阪大発ベンチャー企業の㈱森林経済工学研究所 代表取締役 今井克彦社長です。

    2002年9月に阪大フロンティア研究機構の研究成果を利用して大学発ベンチャーとして設立され、当時の代表は藤田宜紀様で現在の代表取締役は今井克彦様です。

    まず池田駅よりほど近い古民家を利用したオフィスは何とも興味がそそる空間で、中に入ると大学教授でもある社長様にぴったりの雰囲気、書類や研究途中の成果物がそこらかしこにあり、何かすごそうと言うのが第一印象でした。2階には院生が下宿されていると言う事でした。

    主な事業は「国産木材の総合利用」と「建築耐震改修リニューアル」「日本の林業復活と森林再生による環境改善」に挑戦するとの事。

    「 耐震性の劣るコンクリート建物の耐震補強」は独自の技術で提携ゼネコンも全国にあり、他社も真似するほど素晴らしい技術ですと言う事です。確かに街中ですごくよく見かけます。

    あと木造スペースフレーム(Pat. P.)は、2003年日経優秀製品・サービス賞 優秀賞 日経産業新聞賞、2004年優良木材施設・農林水産大臣賞をされており、間伐材等の中低品質材を有効活用した一般の引張強度は1トンほどが、6トンもの強度が出ると言う優れもの、木造の常識をこえる高精度部材(管理目標±0.2mm)、現場施工時の寸法調整不要(熟練不要)、押し出しバネによる簡単施工、劣化部材の部分的脱着が容易など、優位項目が多数、またそれを利用した建築物が大空間を素晴らしく演出するものでした。

    日本が抱えている森林の問題に始まり、その活用方法、これらを使った付加価値想像が目的であり、有効利用ではダメなんだと強くおっしゃったことが印象的でした。

    あと東北大地震の後、津波避難場所に関しても、普段使いをして、行きなれた所でないと有事には役立たないと言うような持論など、どんどん出てくる素晴らしい建築に関するお考え。日々実験、日々改良の姿が素晴らしく、様々な建築施工技術にはイノベーションを感じました。

    今井社長、ありがとうございました。

     
  • 有限会社シューズ・ミニッシュ 代表取締役 靴職人 高本泰朗様
      掲載日:2017/01/31

    リゲッタカヌー高本社長

    取材日)

    2017年1月31日

    取材先)

    有限会社シューズ・ミニッシュ http://www.mini-shu.com

    代表取締役 靴職人 高本泰朗(たかもとやすお)様を取材して

     参加者)

    御紹介者:株式会社みなと水産 代表取締役 福永 様

    船場経済倶楽部)

    田中理事長、谷戸、前川、赤松

     

    今日は「リゲッタカヌー」の産みの親、シューズミニッシュの高本やすお社長の会社訪問させて頂きました。

    昭和50年生まれの42歳 2代目社長です。

    神戸市長田で靴の修行をしてから24歳の時に実家の靴製造業を継がれ、下請け中心の業態から周りの会社が中国に生産地を移される中、苦労を重ねて来られ、デザインが出来る社長の強みを活かし、素晴らしいメーカーを立ち上げられました。

    30歳までは朝9時から深夜3時まで働き通しで頑張ってこられ得た苦労人です。

    一時は大手企業にも裏切られ、裁判をするも自らの正当性を貫かれ、他とは一線を越えるデザイン力に引き寄せられ、顧客リピート率も高く、全ての社員が自らの経営判断で日々勉強、提案、そして改革を実行されている、今も日々成長中の注目企業です。

    沢山の素晴らしい社員の方々、そして今まで培われた様々な出会いから社長の人間味に引かれ、社員になられる方は非常に多いと聞いています。

    全ての工程を生野区で行い、100を超える協力企業に分業で仕事を出し、月産1万足が限界だったものを今や月7万足までそばしている生野を牽引するスーパー企業です。

    今までの累計生産足数、611万足!

    本当に見習わないといけない事が沢山あった素晴らしい企業でした。

    高本社長、ありがとうございました。

     
  • 活動報告-新規事業・販路開拓委員会
      掲載日:2016/11/01

    新規事業・販路開拓委員会の活動内容を掲載致します。

     
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